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能面師 福山元誠の世界
翁について
福山 元誠

年の始めに「」の舞を舞うのは、能の古くからのしきたりです。
天下泰平、五穀豊穣を祈って舞います。
あらすじは特に無く、トウトウ、タラリ、トウ、タラリと呪文のような歌詞を繰り返す単調な舞ですが不思議と、めでたいとはきっとこのようなものなのだなぁと感じさせられます。

中世、能が確立される以前、民間には田楽や申楽がありました。
古い絵巻物にも、翁の面を付けた舞い手と鼓を持った人々が、田の畦で田植え仕事をはやしたてている図があります。
笑いは万民によく理解される感情です。
神にも共に笑ってもらい、豊作をねがうのでしょう。
翁には、白い彩色の翁と黒い彩色の翁があります。
白い翁は純真な神の笑いです。黒い翁は人間の笑いです。

昔の人は神が松のこずえに降りてきて、木の下で舞踊して、また松のこずえより天に帰ると信じていたそうです。
私が想像しますと、昔、村はずれの大きな松の木の下は、祭りというといつも村人が集まり、酒盛りをして楽しんだ場所だったのではないでしょうか。
また、ある時は、旅回りの役者たちが天幕を張り巡らし鐘や太鼓を鳴らして、こっけいな踊りを舞ったのかもしれません。
現在、能舞台の背景に松の木が描かれているのは、そのような歴史的由来があるそうです。

翁の面はあごのところで上下が切り離してあり、上下を紐でつないであります。
そのため面をつけて舞うと、まるで翁の口が生きて話しかけるように見えます。
子どもでもきっと喜びそうな工夫がしてあるのです。

能面以前には伎楽面という面がありますが、その中のおじいさんの面は目玉がぐりぐり動きます。
また胡徳楽という面では、長い鼻をぶらぶらさせて、よっぱらいを表現したりします。
昔、中世の人々はそれを見て、子どものように大笑いしたのだと思います。
無邪気といえば無邪気ですが、エネルギッシュな民衆の力を感じます。

能では翁を最高位に置いて大切にします。翁の舞を舞うとき、演者は精進潔斎して後、舞台に上がると聞きました。

私が翁の面を打つ時は、うまく形を整えようとせず、刀のおもむくまま自然な気持ちで打つように心がけています。
しかし、ひとくちに雑念を払って打ち込むといいますが、それはとても難しいことです。
これから先も私の課題だと思っております。

エッセイ | 「翁について」

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